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zoom RSS 品川の御殿山は江戸の花見の名所だった

<<   作成日時 : 2017/04/15 10:07   >>

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 今年の冬は暖かだったり急に寒さが戻ったりする気候でした。変わらないのは春になって杉花粉の飛散、ハックショ〜ン!それでも桜はいつも通り咲きました。日本人の感性として毎年のお花見を楽しみにしています。見逃すわけにはいきません。目のいがいが、くしゃみを我慢して今年は品川御殿山の桜を観にゆきました。こんな所でお花見だって?実は江戸時代に御殿山は桜の名所だったのです。

 4月2日の日曜日、昨日来の雨もあがって、そろそろ見ごろかなと品川の御殿山をおとずれました。 品川駅から歩いて10分御殿山トラストシティの庭園には緑豊かな樹々にまじって桜の花が・・・東京では各所でもう満開の報が。でもここはまだ8分咲きでしょうか。

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 続いてミャンマー大使館の通りにも桜並木に薄いピンクの花が咲き誇っています。まだ江戸の名残があったんですね。

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 そもそも御殿山とは徳川幕府の「品川御殿」で歴代将軍の鷹狩の終息所や茶会の場として利用されてきたところです。元禄15年(1702年)に四谷の太宗寺からの出火で青山から麻布、品川宿一帯も類焼し御殿は廃止されました。その後、享保年間(1716年)八代将軍吉宗の時代には桜の名所として江戸庶民の憩いの場となりました。その賑わいぶりはその後にも葛飾北斎や歌川広重などによって浮世絵が描かれています。

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     葛飾北斎 東海道品川御殿山ノ富士       歌川広重 江戸紫名所源氏 御殿山花見

 御殿山からは、品川宿の賑わいや眼下に迫る江戸湾、はるかに富士山が一望できたといわれておりましたから、桜咲くころは江戸の人々はこぞってお花見にでかけたことでしょう。 また、東海道の品川宿はお伊勢参りや京に上る旅人たちの出入り口に当たりますから旅籠屋が立ち並んでおり、御殿山でお花見を楽しんだ後、この宿で飲んだり食べたりして大いに盛り上がったことも想像できます。

 嘉永六年、(1853年)浦賀にペリー来航をきっかけとして、この桜の名所は消えてゆくこととなりました。幕府は江戸湾の砲台設置のため、御殿山を切り崩しその土砂で海を埋め立てお台場を築造したのです。更には明治期に鉄道工事のため、御殿山は南北に貫く切り通しの地形になり、江戸期の桜の名所の面影は消え失せてしまいました。

、桜の花は周りの緑の樹々の間に見える位ですが、行き交う人々はジョギングやそぞろ歩き、また、ベンチに座ってお弁当を広げています。 春うららかなこの日、上野公園や千鳥ヶ淵に比べ人混みに揉まれず、ゆっくりとした気分で桜を鑑賞し御殿山を後にしました。 桜の花の季節は染井吉野が終わったら、次は八重桜、その次は山桜ですね、まだまだ楽しみです。どこに観にゆこうかな・・・。




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