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こんにちは!ハングルース

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こんにちは!ハングルース
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ハングルースの意味をご存知ですか? 英語で to be relaxed, easy going、いわゆる、気楽に行こう、の意味です。これからは気楽に好きな事を書いて行こうと思います。エッセイ、音楽、旅行、食べ物などジャンルはさまざまです。 よろしく!

面白くなかった人は「フン」と鼻で笑ってください。一寸、面白かった人は「アハ」、そのほかの人は「ゲラ」と笑ってください。  

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タイトル 日 時
釣り人の天敵を食べてみたらー チョー不味いペルシャ湾の魚:そのー4
 アッやられた!アジ釣りの最中、海面にたむろして虎視眈々と獲物を狙っているダツが何匹も突進してきます。ここはサウジアラビアの海、当地では手に入らないアジさびき仕掛けがおもりごと取られてしまいました。腹が立つの、なんのって・・・コンニャロ! 次の休暇まで4か月、当地のスポーツショップでは釣り道具はろくなものはないので日本で買ってくるより他に手立てはありません。おもりは自動車の古いプラグで何とかしのいでも手持ちのさびき仕掛けは残り少なくなっています。まったく釣り人泣かせのダツ野郎、皆で退治すること... ...続きを見る

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2017/02/15 08:56
白い城と黒い城―対照をなす姫路城と岡山城の威容を見た!
 白鷺城といわれる世界文化遺産の姫路城、青空にそびえる白い天守閣は見る人々を圧倒する美しさである。 一方、漆黒の岡山城は烏城と呼ばれ川面に映えるその姿もまた優美なもので歴史の深さを感じさせる。今回の旅では対称をなすこの二つの城を訪れた。ちなみに白い城は幕府の親藩、黒い城は外様の大名の居城という。そういえば、当初黒い外観の大坂城は徳川の時世では白く塗り替えられた。 ...続きを見る

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2017/02/01 11:09
陽だまりの中でぬくぬくとー植物たちの冬ごもり
 我が家では庭がないので屋上でささやかな園芸をしています。 だが、毎年の冬場になると多年性亜熱帯植物は日本の冬を越すことができず、枯れたり葉が黄ばんでしまいます。以前は一坪のビニールハウスに入れていましたが数年前の台風で壊れてしまいました。温暖化だから大丈夫だろうと冬に吹き曝しの外に出しておいたところブーゲンビリアもプルメリアもダメにしてしまいました。せっかく楽しみにしていた開花が見られないのは残念です。 ...続きを見る

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2017/01/15 09:36
大きく羽ばたく年が来るのかー期待される2017年
 新年おめでとうございます。 今年は干支でいえば丁酉(ひのととり)の年です。 酉はにわとりを指し、時を告げ、大きく羽ばたくところから商売繁盛の縁起の良い年とされています。 また酉という漢字は細い首の酒壺を意味し、十二支の暦の10月にあたる酒つくりの季節です。作物が実って成熟し、取り込み、加工、保存、販売と大いに発展が期待できる騒がしくも活気に満ちた年と言われています。 ...続きを見る

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2017/01/01 00:08
陶板の名画の数々、大塚国際美術館を訪ねてー徳島県鳴門市
 大塚国際美術館は世界で最初の陶板名画美術館である。 大塚製薬(株)75周年を記念して設立された。館内には世界の約190の美術館が所蔵する名画1000点余りを陶板で原寸大に複製したものが展示されている。約2000年以上にわたり原画そのものの色彩と姿が残るとされているのは驚きだ。。私はこれらの原画の一部をヨーロッパの美術館で鑑賞したが、まったくといって良いほど忠実に再現されている。ここでは写真撮影のみならず手で触っても良いので、堅苦しい美術館のイメージはなく気楽に鑑賞する事ができた。 ...続きを見る

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2016/12/15 10:52
奥の細道の終着地は江戸ではなく岐阜の大垣だった
 松尾芭蕉が江戸から奥州各地を回りこの旅を終えたのは出発した江戸ではなく実は岐阜の大垣だった。ここが「奥の細道」の終着地だったといういろいろな史跡が残っている。 なぜ、芭蕉は奥の細道の旅をこの地で終えたのか、この度、大垣を訪れた機にこれを調べて見ることにした。 松尾芭蕉は元禄2年(1689年)、弟子の河合曾良とともに江戸の深川を出発し日光街道を北上していった。 白河関ー松島ー平泉ー出羽三山ー鶴岡などを経て酒田から南下して金沢、敦賀を周り大垣でこの旅を終えた。全行程約2400キロを走破したことにな... ...続きを見る

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2016/12/01 10:03
釣りの醍醐味を味合わせてくれたのに・・・チョー不味いペルシャ湾の魚:そのー3
 竿先がぐぐっとしなる。きたぞ!でかい。リールがビビビッと幹糸を繰り出しています。暑いペルシャ湾(アラビア湾)の釣りは何が来るかわからない。 そのため釣り仕掛けは日本の繊細なものと違い大振りです。幹糸は18号、ハリスはフロロカーボン12号、それをせいご針20号にまいて、イカや小アジの切り身を餌にして魚信を待ちます。 今日狙う魚の棚は海底です。 ...続きを見る

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2016/11/15 09:25
鉄道発祥の地、新橋の鉄道歴史展示室を訪ねて
 汽笛一声新橋を♪ 懐かしい歌ですね。 学生の頃、ある教授の御宅に遊びに行くと飲むほどに酔うほどに一番から最後の六十六番まで当時の 起点・新橋を出発し、神戸に着くまでの歌詞を延々と歌われるので学生たちは辟易していました。新橋駅は1872年(明治5年)に開業し当初は横浜まででした。1914年(大正3年)の東京駅の開業に伴い東海道本線の始発駅の座を明け渡しましたが、当時は文明開化の最先端を行く乗り物として人々の人気を集めました。 ...続きを見る

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2016/11/01 09:47
美味しいアジの仲間なのにどうして・・・ペルシャ湾のチョー不味い魚:そのー2
 ペルシャ湾(アラビア湾)にはアジの種類は多く生息しています。 寿司や干物、塩焼きなど、赴任中はいろいろ食べました。 その中でどう料理しても二度と口にしたくないアジがいました。 ここはサウジアラビアの日系石油基地、休日には日ごろの仕事のストレス解消のため、よく釣りにでかけました。 沖合4キロにある旧ローディング・ドック、火災事故でバルブステーションに改造された構造物が釣り場です。休日には社員のリクレーションのために開放されています。  ...続きを見る

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2016/10/15 10:43
本当のことをいう奴は、首を切られるー実際に見たアラブの格言
 豊洲新市場の盛り土、いつのまにやら地下空間ができていました。 一体どう誰が勝手にきめたのでしょうか。知事の原因究明の指示にもかかわらずその責任者が誰なのか真相はうやむやのままにされ、報道だけが過熱しています。 本当のことを言うヤツは一体どうなるのでしょうか? 次の事柄はアラブ世界の出来事です。 ...続きを見る

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2016/10/01 09:06
釣ったのは良いけれど・・・ペルシャ湾のチョー不味い魚:そのー1
 中東で勤務していると、砂漠の単調な生活の中の楽しみは第一に家族からの便り(電話を含む)第二は食事です。ビフテキばかり食べていても毎日では飽きてしまいます。やはり日本食が恋しくなりますね。 ここはサウジアラビアの東海岸のカフジ、目の前にはペルシャ湾(アラビア湾)が広がっています。 そうだ!寿司を作ろう。  当地の魚屋はスシネタになるような新鮮な魚はありません。 やはり自分で釣りに出かけなきゃ・・・・。  ...続きを見る

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2016/09/15 10:00
なばなの里ー幻想的なイルミネーションの小道をそぞろ歩き
  知人のお祝いごとのため 三重県四日市の長島温泉を訪れた。 「えっ?バナナの里」 「違うよ!な・ば・な・の里」 この近くにある花々が美しいガーデンだという。特に見どころは夜に園内が日本でも最大級のLEDのイルミネーションに彩られ、幻想的な散歩スポットなのだ。 そこで宴会が終わったあと皆で見物に出かけた。 行き帰りのバスはホテルでアレンジしてくれる。(宿泊:ホテル花水木にて)   ...続きを見る

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2016/09/01 11:24
シンドバッドの夢―アラビアのダウ船
 アラビアの伝統的な木造のダウ船、この歴史は紀元前後にさかのぼると言われています。 私が中東に勤務していた1970年代には、クウェイトやサウジ、またドバイなどのアラビア湾岸諸国で、巨大タンカーの行き交う中、一本あるいは二本マストに大きな三角の帆を張ったダウ船がアラビアンブルーの海を航行しているのをよく見かけました。まさに船乗りシンドバッドの航海を彷彿させる光景でした。 ...続きを見る

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2016/08/15 09:12
アラビアで魚拓を取ってみたら?
 サウジアラビアの東部地方アル・カフジに赴任中、娯楽の少ない砂漠の中では仕事のストレスがたまりっぱなしです。幸いにしてペルシャ湾(アラビア湾)は目の前です。 ここには日本ではお目にかかれないような大物がいます。 メートル級のサメ、バラクーダをはじめ、タイやヒラアジの類も大汗かいてファイトしなければ釣れてくれません。 ヒットした獲物が手元に上がってくると日ごろのストレスなんか吹っ飛んでしまいますよ。新鮮な刺身!これもたまりません。 ...続きを見る

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2016/08/01 10:13
初夏の北海道の旅―富良野、余市
 6月12日、札幌に着いた。今回はこの札幌を起点として北海道の各地を回る計画だ。本州では東京から近郊の行楽地に行こうとすれば交通のアクセスは行き当たりばったりで済む。しかし札幌からはそうは行かない。そこでガイドブックを吟味して翌日の13日は富良野・美瑛へのバス旅行、14日はJR函館本線を乗り継いで余市を訪れることとした。 ...続きを見る

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2016/07/15 10:18
近江路の城を歩くーその4 浅井長政とお市の方の小谷城跡
  彦根からタクシーで小谷城跡に向かう。 車は勾配の急な坂道を登ってゆく。 ハイキングの人々を見かけるが時間が限られた一般の旅行者にはタクシーはありがたい。 戦国の歴史で小谷城の攻防ほど悲惨だったものはない。 織田勢に攻められ落城。お市の方と 茶々、江、初の三姉妹は城から助け出されたが、お市の方は生涯で二回、茶々は三回の落城を経験して命を落とす。  ...続きを見る

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2016/07/01 08:36
近江路の城を歩くーその3 井伊家の彦根城
 織田信長の安土城跡、豊臣秀次の八幡山城址をみたあとJR近江八幡から彦根に移った。駅前のホテルにチェックインのあと、彦根の美味いものを求めて町を歩く。あった!まずは彦根丼を賞味。明日は彦根城の見学だ。彦根藩は幕府から預かった蔵米五万俵を加えて35万石の徳川幕府有数の譜代大名として明治まで続いた。 桜田門外で暗殺された井伊直弼は13代にあたる。 今回の旅では城跡ばかりだったが、現存の古城を見るのが楽しみだ。 ...続きを見る

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2016/06/15 10:37
近江路の城を歩くーその2 豊臣秀次の八幡山城跡と近江商人の町
 安土城跡を後にしてJR安土駅から近江八幡駅に移動する。今晩は駅前のホテルに1泊。八幡山城は秀吉の甥の豊臣秀次の居城であった。 築城とともに彼は八幡堀を掘削して運河に利用、琵琶湖湖上交通の要衝として安土や近郊の住民を城下にあつめ商業都市の基礎を築いた。秀吉に跡継ぎの秀頼が生まれ、秀次が謀反の罪を着せられ自害させられたあと、この地は商人の町として発展し数々の近江商人が誕生した。この近江八幡の商人の町並みは一見の価値がある。 ...続きを見る

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2016/06/01 10:49
近江路の城を歩くーその1  織田信長の安土城跡
 近江路には戦国時代の城や城址が多い。この旅では織田信長、豊臣秀吉の時代の城から徳川期の彦根城まで足を伸ばしてみた。まずはJR東海道本線を利用できる琵琶湖周辺に宿をとり信長の安土城跡、豊臣秀次の居城であった八幡山城跡、井伊家代々のの彦根城、さらに浅井長政の小谷城跡などを訪れた。  ...続きを見る

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2016/05/15 09:43
脇差切刃石田包真の由来と三成の足跡の旅
 ここに我が家に伝わる一振りの脇差がある。銘は切刃石田包真(きるば いしだ かねざね)、室町末期の作で鞘の添え書には石田三成の佩刀であったと記されている。 今回、大垣市の美術館で開催されている同市出身の画家守屋多々志氏(1925−2003年)の展覧会に妻と訪れたこの機会に、関ケ原で敗れた石田三成の足跡と切刃石田包真の由来を探る旅に出た。 大垣もまた、関ヶ原の戦いの渦中にあった町でもある。 ...続きを見る

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2016/05/01 08:39

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