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zoom RSS 鉄道発祥の地、新橋の鉄道歴史展示室を訪ねて

<<   作成日時 : 2016/11/01 09:47   >>

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 汽笛一声新橋を♪ 懐かしい歌ですね。 学生の頃、ある教授の御宅に遊びに行くと飲むほどに酔うほどに一番から最後の六十六番まで当時の 起点・新橋を出発し、神戸に着くまでの歌詞を延々と歌われるので学生たちは辟易していました。新橋駅は1872年(明治5年)に開業し当初は横浜まででした。1914年(大正3年)の東京駅の開業に伴い東海道本線の始発駅の座を明け渡しましたが、当時は文明開化の最先端を行く乗り物として人々の人気を集めました。

画像 新橋駅の銀座口から汐留方面に歩いてすぐに東海道本線の起点だった旧新橋停車場跡地には「鉄道歴史展示室」があります 今回ここを訪れてみました。1914年(大正3年)に旅客ターミナル駅が新設の東京駅に移り、当駅は貨物駅として再使用されることになり、汐留駅と改称しました。、同時に電車線の駅であった烏森駅が、新橋駅(2代目)となりました。 なお、当時の桜木町駅も横浜駅(2代目)と改称されました。

汐留駅はその後も改修が繰り返され、1986年(昭和61年)その使命を終え116年の歴史に幕を下ろしました。

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 鉄道歴史展示室の館内には発掘された当時の旧新橋停車場の遺物が復元されて展示されています。

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    江戸時代の汐留付近と 駅舎基礎石






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 また旧新橋停車場の裏手には、鉄道の起点であった「0哩(マイル)標」が当時と全く同じ位置に再現されており、当時のレールが数メートルだけ敷設されています。

        
画像 1872年(明治5年)、東京〜横浜間で鉄道が開業した頃の運賃は三等級制で、上等が1円12銭5厘、中等が75銭、下等が37銭5厘だったといいます。現在の価格に直して見ると上等が1万5,000円、中等が1万円、下等が5,000円に相当します。現在の新橋―横浜間のJRの運賃は470円ですから、当時の乗客は高額な交通費をはらって横浜まで行っていたのですね。 下等の運賃37銭5厘は当時で米10キロが買える値段だったそうです。


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 現在の新橋駅の日比谷口の広場には「C11 292」というSLが飾ってあります1945年2月から活躍した蒸気機関車で戦後も長らく使われていました。引退までのあいだに100万km以上もの距離を走破したそうです。1972年、鉄道開業100周年に際し新橋駅前へ設置されることになりました。 

 この広場は各テレビ局のニュースの通行人のインタビューでよく報道されるところです。

暇人のつぶやき:

 現在JR車内の忘れ物の筆頭は傘ですが、当時の忘れ物は下駄や草履などの履物だったそうです。 なるほど文明開化といいながらも履物を脱いで部屋に上がるという日本の文化を乗客の皆さんは守っていたのですねえ。 汽笛一声、汽車が動き出したら、この人たち慌てたでしょうね。でも、降りた後はどうしたのでしょうか? ちなみに最近増えてきたの忘れ物はケータイやスマホで、もう全体の20%を占めています。


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