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zoom RSS 三浦半島は古代の東海道だった?―逗子長柄桜山古墳群ハイキング

<<   作成日時 : 2010/02/01 00:28   >>

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 神奈川県三浦半島は、古事記と日本書紀に記された日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と弟橘媛(オトタチバナヒメ)の古代ロマンがちらほら見え隠れしているところである。

 日本武尊が東征の折、房総半島に渡ろうと船出をしたところ暴風に見舞われ、伴っていた后の弟橘媛が海神の怒りを静めるために海に身を投じたという。人々はその海を「馳水=はしりみず」と呼んだ。現在の横須賀市の走水である。東京湾の入り口の浦賀水道は潮の流れが速くその意味でもあろう。 ちなみに千葉の袖ヶ浦は弟橘媛の「着物の袖」が流れ着いたところ、木更津は「君去らず」と媛を偲んだ故事から地名になったと言われている。

 倭(畿内)―伊勢―尾張―駿河(焼津)―相模(足柄)―鎌倉(三浦)−上総(千葉)のルートは古代の東海道であったようだ。 ただ、このルートはヤマト朝廷の軍事的な拠点であって、物流経済の意味合いは薄いようだ。 

 ここには数多くの前方後円墳が見られる。海老名の秋葉山古墳、平塚の真土親大塚山古墳、逗子の長柄桜山古墳、さらに東京湾を横断して千葉県市原市の稲荷台古墳などだ。前方後円墳に葬られる人物はヤマト朝廷の認可を受けた要人とされるから、その地の豪族、首長=国造(くにのみやつこ)だったのだろう。


                                   

 1月27日、今日はハイキングをかねて三浦半島の逗子市にある長柄桜山古墳群を訪れた。

 古墳時代の前期後半、4世紀の中頃に造られたこの古墳群は逗子と葉山の境にあり、神奈川県内で最大の規模を有している。畿内ヤマト国造制下で三浦半島にはヤマトタケルの後裔氏族とされる鎌倉別が勢力を持っていたので、有力者を葬った古墳が存在してもおかしくない。

 この古墳群は1999年に携帯電話の中継所の建設の際、埴輪の破片が出土したところから第1号墳が発見された。続いて第2号墳が確認され2002年末に国指定史跡に認定された。引き続き調査が行われているが、まだ謎に包まれた古墳群である。

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 私たち夫婦は長柄桜山古墳を守る会のボランティアご夫妻の案内でJR逗子駅を出発した。

 良い天気、ハイキングには最適の日だ。 もう、汗ばんできた。 着込んだセーターをぬいでナップサックに押し込む。

 マップに沿って田越橋を渡り六代御前前(約10分)、そこから更に富士見の橋を過ぎ左折、逗子市の郷土資料館に着く(約13分)。

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 郷土資料館の建物は大正元年に建築された徳川家建氏の別荘であった。

 ここには、徳富蘆花、蘇峰を初めとする逗子にゆかりのある文学者の作品が展示されている。 また、民俗資料として、長柄桜山古墳群から出土した土器などが公開されている。



第2号墳へ

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 見学のあと資料館の裏手の険しい坂を上り、 まず、頂上にある第2号墳に向かう。 ここにはもう一つ、ゆるい坂のルートがあり途中で合流するが、今日はハイキング、あえて急坂を選んだ。


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第2号墳の標高は90メートル、相模湾に面した前方部の展望台に着いた。(約15分)

    

 丁度昼時、ここで、持参したおにぎりで昼食をとる。古代の旅人たちはホウの葉にくるんだ干し飯と竹筒の水で食事を取ったのであろうか。  

 小春日和だが海風が冷たい。 しかし、乾いた喉にはビ−ルの味は格別だ。




画像           絶景かな! 

  この地が房総や東北方面に向かう古代東海道ルートの要衝であったことを覗わせる風景だ。

  今日は良い天気に恵まれ、半分は雲に隠されてはいるが富士山の頂上が見える。 (江ノ島の左手上)







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 展望台から後円部まで88メートルの遊歩道がついている。  

 丁度、前方後円墳の背部にあたるところだ。 史跡のど真ん中を歩くのは気が引けるが、古墳が発見されるまでは歩道として永年あった所だろう。

 久々に踏む土の感触が心良い。 自然が一杯!






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 前方後円の全景は鬱そうと茂る樹木に遮られて全容を把握できない。 近年まで未発見であった理由もそこにあるのかも知れない。

                                 

 第1号墳へ

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 ここから山道を500メートルほど歩き、第一号墳に着いた。 この古墳の全景は木立の間から左手が後円部、右手が前方部とわずかながら判別できる。


画像  第1号後円部には掘り返し調査したトレンチの跡が残っている。

  頂点には黒い網がかぶせられている。 聞けば強い海風による崩落を防いでいるとの事である。 

  この墳からは埴輪、土器の類が出土している。4世紀の中頃から後半のものと確認された。

  頂上からは東に東京湾が眺望できる。






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 この古墳の標高125メートル、現在残っている丘陵では最高点に位置している。



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 階段を降り、葉桜住宅地へ。 ハイキングをかねた長柄桜山古墳群の探訪は終った。 逗子駅からここまで歩いた歩数は11034歩だった。

 現地案内と説明をしていただいた、古墳を守る会会員のご夫妻に感謝! 有難うございました。



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 この長柄桜山古墳群のパンフレットは郷土資料館に常備されています。
     
        (逗子市教育委員会・葉山町教育委員会 発行)




バスのアクセス

 第1号墳へ

 JR逗子駅前バス乗り場 4番 逗17系統 「葉桜」行
                           「葉桜住宅」 下車 徒歩8分

 第2号墳へ

 JR逗子駅前バス乗り場 2番 逗11系統 「葉山町福祉文化会館」行
                    逗12系統 「葉山 (一色)」 行
                           「富士見橋」 下車 徒歩15分」



                                    

               
 ハイキング番外編


                                   

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 帰りの途中、甘味処 茶亭葉山で一休み。疲れた脚を休める。 ところてんが美味だ。女性たちはクリ−ムあんみつ。


画像 長谷山仙光院に立ち寄る。

  ここに鎌倉時代源頼朝の片腕の臣、畠山氏のお地蔵さんが祭られている。 そばにも六体のお地蔵さんが・・・。 



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画像 その横には、ボケ防止のぼけ除観音と ピンシャンコロリと世を去れる ぽっくり観音。 
 
 失礼ながら思わず笑ってしまった。 

 笑うかどには福来たる!これが、ボケ防止かも・・・。

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                           陽気な一日だった。紅梅も満開!





                         

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内 容 ニックネーム/日時
逗子や葉山は馴染み深い地なのに、こんなゆかしい歴史ロマンを秘めていたとは、浅学な私は少しも知りませんでした。そんな私も、日頃の運動不足の解消を兼ねて、時々一学年下(土田先生、後藤先生の組)の人達が中心のエコトレッキングに時折参加しています。
森林インストラクターの資格を持つ松崎君が、主に樹木の事を色々説明してくれ、昼食時に、簡単なテストをしてくれますが、かれこれ何十回も参加しているのに、花の咲かない木の事は、からっきし覚えられません。エゴの木、ぶな、こなら・・・何回聞いても覚えません。特徴のあるメタセコイヤはなんとなく判る・・・と言った手合いです。でも、一回に7,8キロ、平地を選んでくれて(なんせ、高齢者だらけなので)しかも、キセル有り(へビイだと思ったら、タクシーなどで、先に行ってお茶でもしながら待っている)のお気楽集団なので、私のような足弱でも参加できます。本音は、締め括りの反省会と称する居酒屋でのビールに引かれている・・・ということでしょうか、和服党の私もその時ばかりは、身に付かない洋装?でヨタヨタと出掛けます。何方でも参加OKなので、いろんな方をお誘いしています。二月は戸塚の舞岡公園方面です。よろしければ、奥様とご一緒に如何ですか?
アズ
2010/02/01 11:23

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